
もう乗れないタイ航空747ファーストクラス搭乗記
目次
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約17万円のファーストクラス、あの日の選択
2017年10月、TG659便。タイ航空ボーイング747-400ロイヤルファーストクラス。仁川からバンコクまで、座席2K。ドンペリニヨン、リモワのアメニティキット、フルフラットシート、コース機内食。この飛行機は2020年3月、最後の商業フライトを終えて退役しました。もう誰も乗ることができない飛行機の、もう存在しない座席についての記録です。
あの年の秋の連休はやたらと長かったんです。10月初旬、大型連休。仁川からバンコクへの航空券を探していたら、大韓航空のエコノミー往復が約13万円まで上がっていました。連休だからしょうがないかと流そうとした時、タイ航空のファーストクラスが約17万円で出ていたんです。普段は約29万円する座席です。
4万円足せばエコノミーの代わりにファーストクラス。迷う余地なんてありませんでした。
正直に言うと、コスパだけが理由じゃなかったんです。あの飛行機を降りたら、人生で初めて今の妻に会う日だったんですよ。特別な日だから、特別な座席を選びました。それが人生初のファーストクラスになりました。
タイ航空は仁川空港でアシアナ航空のファーストクラスラウンジを利用します。ラウンジもレビューしたかったんですが、あまりにも昔のことで写真が一枚も残っていません。この記事は機内搭乗からスタートします。
TG659 · 仁川 → バンコク スワンナプーム
ボーイング 747-400 · ロイヤルファーストクラス · 座席 2K
シートピッチ 76インチ · 180度フルフラット · 9席配置
2017年10月 · 午前10時頃出発 · 飛行時間 約5時間50分
ボーイング747-400リトロフィット・ファーストクラスの第一印象

ボーイング747-400は1960年代の設計から出発した機種です。タイ航空が2012年にファーストクラスを全面リトロフィットし、既存の10席を9席に減らして各座席にパーティションを設けた独立スイート仕様に改装したバージョンです。23インチモニター、ウッド調コンソール、座席の横に生花の蘭が一輪。でもこのキャビンに入った瞬間、古い飛行機だなんてまったく信じられませんでした。期待が低かった分、座った瞬間にひっくり返されました。

モニターにタイ語のウェルカムメッセージが表示されています。蘭モチーフに紫と金色の雲が広がる画面。横に飾ってある本物の蘭とトーンがぴったり合っていました。タイの航空会社じゃないと出せないセンスです。
ウェルカムドリンクとCAの英語力

座った途端、CAがウェルカムドリンクを勧めてくれました。何があるか聞いたらメニューを読み上げてくれたのでアップルジュースを選び、温かいおしぼりと一緒にコンソールの上にセットしてくれました。このCAの英語に驚きました。タイ訛りがほとんどなかったんです。アメリカ人かと思うほど発音がきれいで、タイ航空のロイヤルファーストクラス担当は明らかに別格の人を配置しているんだなと感じました。

窓を一人で4〜5個使えます。エコノミーでは隣の人と一つを気まずく共有するのに、ここでは仁川空港のエプロンがパノラマで飛び込んできます。数時間後には人に会いに降りなきゃいけないのに、それまでこの景色は完全に自分だけのものです。
シートコントローラーとブランケット

座席のアームレストにタッチスクリーンコントローラーが内蔵されています。タイ航空のロゴとタイ伝統文様が表示された画面で、リクライン、照明、モニターをすべて操作でき、下部には物理ボタンもついています。

タッチスクリーンを押すと座席ポジション画面が出ます。離陸モード、食事モード、睡眠モード、読書灯。アイコン表示で直感的ではあるんですが、2012年に設置されたパネルなので解像度は今の基準だとちょっと物足りない。23インチのメインモニターの横に並べると世代差を感じます。

ブランケットは個別ビニール包装。タイ航空のロゴと管理番号が印字された金色で、包装の状態でも重量感が伝わるほど厚手でした。
メニューブックとワインリスト



レザーカバーのメニューブックが出てきました。ドリンクと食事のセクションに分かれていて、ワインリストがかなり分厚かったです。
シャンパン — ドン ペリニヨン ヴィンテージ 2006
白ワイン — ゲヴュルツトラミネール グラン・クリュ 2012、シャブリ グラン・クリュ ヴァルミュール 2008
赤ワイン — サンテミリオン グラン・クリュ シャトー・ダッソー 2012、メルキュレ プルミエ・クリュ 2013
スピリッツ — ジョニーウォーカー ブルーラベル、ボンベイ・サファイア
ビール — シンハー、チャーン、ハイネケン
仁川〜バンコク5時間ちょっとの路線でこのラインナップなら、長距離路線にも引けを取らない充実度です。
機内食メニュー

機内食メニューの上部にSeoul - Bangkokと記載されていました。路線ごとにメニューを別々に組んでいるんですね。
タイ料理 — エビのグリーンカレーを詰めたイカ
洋食 — スペックハムで包んだポークメダリオン、ニョッキ添え
韓国料理 — プルコギ、キムチチャーハン
出発地が仁川の路線なので韓国料理が含まれていました。デザートにはタイ伝統のココナッツプディング「タコム」もありました。
コース全体の順序
ウェルカムドリンク → チキンサテ → ファーストコース前菜7種 → パンバスケット → バジルトマトスープ → メイン(3種から1つ選択) → フルーツ&チーズプラッター → スペシャルドリンク → タイ伝統デザート3種+コーヒー → ココナッツシャーベット&トロピカルフルーツ
仁川〜バンコク5時間50分路線基準。この全てが休みなく出てきます。
リモワのアメニティキット

アメニティキット。リモワのスーツケース型ミニポーチです。タイ航空のロゴが入っていて、ビニールを開けた瞬間から使い捨てじゃないなと分かりました。今でも自宅で小物入れとして使っています。

中にはエビアンのフェイシャルミスト、歯ブラシ・歯磨き粉セット、靴下、ボールペン。機内で使うものは全部入っていました。
離陸、そして5時間では足りないフライト

離陸。モニターにエアショーが映り、バンコクまで3,628km。仁川を離れて南へ下っていく航跡が見えます。
この5時間が20時間だったらいいのにと思いました。到着したら初めて会う人が待っている。緊張もするし、ワクワクもするし、この座席でもう少し心を整えたかったんです。

離陸後、CAがワインカートを引いてきました。アイスバケットにシャンパン、赤、白がずらり。僕はお酒が飲めないので写真だけ撮りました。ドンペリを目の前にして飲めなかったのが、この日唯一の心残りでした。

スリッパを履いて足を伸ばしてみました。シートピッチ76インチ。つま先が前の壁面に届きません。エコノミーが通常31〜32インチだから倍以上です。金色の布団の上に足を乗せて窓の外を眺めていると、少し緊張がほぐれていく気がしました。
ファーストクラス機内食 — コース料理のはじまり

最初の料理。チキンサテ。ビジネスクラスではトレー一枚にまとめて一度に出てくるところ、ここでは一皿に一品ずつ、ゆっくり出てきます。まさにコース料理そのものでした。

向かいの座席の乗客にCAが先に「お写真撮りましょうか?」と声をかけていました。スマホを受け取って自ら撮影。この人たちの笑顔が違いました。業務的に作っているんじゃなく、心から楽しんでいる感じ。タイを「微笑みの国」と言いますが、それが大げさじゃないとこの日初めて実感しました。
テーブルセッティング


男性CAが壁面からテーブルを引き出して広げてくれました。折りたたみ式なのに、広げるとかなりの大きさです。

すぐ続いて女性CAが白いテーブルクロスを敷いてくれました。飛行機の中でテーブルクロスを敷くのを見たのは初めてでした。

ファーストコースがセッティングされた全体の様子。白いテーブルクロスの上に金縁の皿、シルバーのカトラリー、パンバスケット、バター、塩・胡椒。ワイングラスが一つ。お酒飲めないと言ったのに、CAが「このお料理にはこれが合うんです」と一杯だけ勧めてきたので受け取りました。
ファーストコースとスープ

ファーストコースの皿。串チキン、酢漬けレンコン、ごぼうの鰻巻き、アーモンドエビケーキ、エッグケーキ、日本風里芋の味噌グリル。バナナの葉の上に一つずつ載せたプレゼンテーションはタイの高級レストランレベルで、小鉢には酢漬けシーフードサラダ。タイ料理と和食を融合させたフュージョンなのに、機内食にありがちなべちゃっと感がなく、味がくっきりしていました。量が少ないなと感じましたが、これはまだ始まりに過ぎなかったんです。


パンバスケットに全粒粉ロール、ブリオッシュ、グリッシーニ。温かい状態で出てきました。その中でもガーリックブレッドが歴代級でした。バターとハーブがしっかり染み込んでサクサクに焼き上がっていて、機内食のパン基準でこのレベルは初めてでした。

バジルトマトスープ。トマトの酸味とバジルの香りが混ざった濃厚な仕上がり。とろみがあるのに喉越しは滑らか。前のコースのいろんな味を一度リセットしてくれる感覚です。ガーリックブレッドをつけて食べると最高でした。
メインコース — ポークメダリオン

メインです。3種類の中から洋食を選びました。豚ヒレ肉をイタリアの燻製生ハム「スペック」で包んでグリルしたもので、ポメリー・ボレトゥスソースが添えられ、ポテトニョッキ、ソテーアスパラガス、グリルドチェリートマトが一緒に出てきました。

断面。スペックが肉をしっかり包んでいるから肉汁が中に閉じ込められています。ナイフを入れると中がしっとりしていて、燻製の香りが豚肉のあっさりした味わいとよく合います。ただ、塩気がちょっと強かった。スペック自体が塩辛い方なので、ソースなしで食べると塩味がかなりガツンときます。


ニョッキは表面を焼いてカリッと仕上げていて、アスパラガスはシャキシャキ感を残していました。チェリートマトを潰すと酸味が広がって塩気をちょっと中和してくれます。ソースはポメリーマスタードとポルチーニ茸ベース。マスタードのほのかなピリッとした刺激とポルチーニの旨味が一緒に立ち上がって、塩辛い肉に合わせるとバランスが取れました。

窓側から撮ったメインの全体像。自然光が入って色味が鮮やかです。茶色、緑、黄色、赤。金縁の皿の上に色の配置が整っていました。
デザート、そして幸せな悩み



フルーツ&チーズプラッター。ポメロ、メロン、りんご、梨が片側に、ブルーチーズ、ブリー、チェダーがセロリ・ニンジンスティックと一緒に反対側に。メロンが象の形に彫られていたんですが、これはタイ伝統のフルーツカービング技法です。
正直この時点でお腹がはち切れそうでした。サテからスープ、パン、メインまで休みなく出てきて、量が半端じゃなかったんですよ。約17万円の特価でこれを受けているから残すのがもったいないけど、もう食べるのもキツい。幸せな悩みです。


全部食べ終えて休んでいたら、CAがスペシャルドリンクだと言ってまた持ってきました。フルートグラスに入ったオレンジジュース。コンソールの上にはさっき勧められて一杯注いでもらったまま飲まなかった赤ワインのグラスがそのまま残っています。お酒を飲めない人にもワインを一度勧めて、飲まなくてもそのままにしておいて、その上にまたドリンクを添えてくれる。タイ航空ロイヤルファーストクラスは最後まで何かを差し出し続けてくれます。
タイ伝統デザートとコーヒー

最後のコース。金縁の皿にタイ伝統のお菓子3種類とコーヒー。


バナナの葉に包まれた黄色いのはカノム・サイ。ココナッツミルクとパンダンリーフの香りが染みたタイ式蒸しデザートです。透明カップのはココナッツプディングですが、正直ちょっと物足りなかった。甘さが控えめでデザートというよりおやつに近い感じ。ミニタルトはカスタードにチェリーを載せたもので、サクサクのシェルとカスタードのコントラストが良かったです。カノム・サイはパンダンリーフの香りに慣れていないと好みが分かれそうです。
タイ伝統デザートと西洋式タルトが一つの皿に並んでいるのが、この飛行機の機内食全体を貫くコンセプトでした。タイ、西洋、韓国を混ぜつつも味はぼやけさせない。

食後のコーヒー。金縁のソーサーに磁器のカップでブラックコーヒー。味は普通です。飛行機のコーヒーってだいたいそうですよね。ただカップとソーサーのおかげで雰囲気は出ます。

機内備え付けの水もエビアン500ml。ラベルにタイ語が併記された現地流通バージョンです。
フルフラット、そして言わなくても察してくれるサービス

食事が終わってしばらく経ってからシートをフルフラットに倒しました。180度フルフラットを人生で初めて体験した瞬間。座席じゃなくてベッドです。金色の布団をかけてリモコンを片手に横になっている姿をCAが撮ってくれました。
数時間後には初めて会う人の前に立たなきゃいけないのに、この布団の中が快適すぎて緊張が一瞬忘れられました。

横になっていたらCAが近づいてきて、窓のシェードを一つずつ下ろしてくれました。頼んでいません。窓が4〜5個もあるから起き上がって一つずつ下ろすのは面倒なのに、それを先にやってくれるんです。
豪華な食器やコース料理よりも、言わなくても察して動いてくれるこの一つの所作。このフライトで一番記憶に残っている場面を一つだけ選ぶなら、これです。
バンコクまでの残り時間



機内の照明が全て消えました。23インチモニターのエアショーだけがほんのり光っていて、画面の中の飛行機はすでにベトナム上空を越えてバンコクに近づいていました。

目を開けたらエアショーの中で飛行機がダナン付近を通過していました。バンコクまで1,120km、到着予定13時10分。まだ2時間近くあります。
早く着いてほしいフライトではありませんでした。

目を覚ました途端、CAがアイスクリームを持ってきました。起きたのをどうやって分かったのか。ガラスのカップにココナッツシャーベット一スクープ、周りにパイナップル、ドラゴンフルーツ、マンゴー、グレープフルーツが盛り付けられ、おしぼりまでセッティング。まだお腹いっぱいなのに、また出てきます。

エアショーの画面で飛行機がバンコクの真上にいました。到着まで10分もありません。モニター横の生花の蘭がまだ新鮮なまま飾られていました。
あまり名残惜しがる必要はありませんでした。往復だからです。帰りの便でこの座席にもう一度会えるという思いで、名残惜しさ半分、楽しみ半分でした。
スワンナプーム、5時間50分の終わり

スワンナプーム空港。搭乗ブリッジを歩いて出ました。
この飛行機はもう存在しません
タイ航空ボーイング747-400の最後の商業フライトは2020年3月26日、シドニー発バンコク行きTG476便でした。2024年4月、全機体の退役手続きが完了しました。
現在同じ仁川〜バンコクTG659便に乗るとA350-900ロイヤルシルクが最上位クラスで、ファーストクラス自体がありません。
もっとたくさんの写真をお見せしたかったのですが、2017年のデータなので全部は残っておらず、ここまでです。
このフライトから2年後、大韓航空ボーイング747-8iプレステージクラスに乗ることになります。その話はまた別に書きます。
タイ航空ボーイング747-400ロイヤルファーストクラス。9席しかないキャビン、バナナの葉の上に並んだ前菜、象の形に彫られたメロン、頼んでもいないのに下ろしてくれた窓のシェード。約17万円の特価で、初めて妻に会いに行くフライトでした。飛行機は退役し、あの座席はもうどこにもありません。でも、あの日の午前10時に仁川を発ったときに感じた緊張と胸の高鳴り、フルフラットに横になって一瞬忘れられたあの感覚は、写真ではなく体が覚えています。今でも、人生最高のフライトです。
この記事はもともと https://hi-jsb.blog で公開されたものです。